太平洋戦線におけるアメリカ軍と日本軍の戦闘は島嶼部を中心に行われたため、戦車に与えられた活躍の機会は少なかった。ギルバート諸島での上陸作戦に参戦したが、それが唯一の太平洋戦線での運用となった。アメリカ海兵隊の戦車大隊にはM3中戦車は配備されず、軽戦車のみが与えられていた。
一方で、イギリス軍はM3中戦車を日本軍との戦いで運用した。M4中戦車が開発されイギリス軍に配備されるようになると、欧州戦線で使われなくなったM3中戦車は英領インド軍に編入され、ビルマ戦線に投入された。日本軍との戦いでは戦車本来の運用法であった歩兵支援の用途に用いられることになった。M3は荒地の走行に全く適していなかったが、丘陵地帯での運用は大きな効果を発揮した。インパール作戦の最中に初めてM3中戦車と遭遇した日本軍は、有効な対戦車兵器を持っていなかったこともあって大打撃を受けている。日本軍はそれ以前にM3軽戦車と戦う機会があったが、軽戦車の比較的薄弱な装甲にも苦戦していた。そのため、M3はイギリス軍のラングーン奪還までの一連の作戦行動において多大な貢献を果たした。